初詣 |
振り袖を着た私の隣で、鈴を鳴らして、手を合わせて。 人生で初めて詣でた神社で手を合わせているこの人は、どんなことをお祈りしているのかしら? 神様の前で不作法をしてはいけないとわかっていながらも、私は自分の願い事より隣にいる人の方が気になってしまう。 それでも彼に気付かれる前に、私は薄く開いていた瞼を静かに閉じた。 さて、それで私はなにを祈りましょうか?やはりここはシンプルに。 『みなさんが今年一年幸せにすごせますように』 人に話せばきっと自分のことをお願いすればいいのにと言われてしまう、けれど私にとってはとても大切な願い事。 去年までは無難に誠実に家族の健康を祈っていたけれど、以前よりも人の笑顔を幸せに思えるようになった今だから、 もうすこし欲張りになって年の最初の神頼み。 「君はどんな願いを?」 その言葉で昔父様にやさしく教えてもらったことを思い出した私は、しーっと口の前に指を立てた。 「駄目ですよ?神様へのお願い事を他の人にまで話してしまったら、それはもう叶わなくなってしまうんですから」 「そうなのか?」 「はい。だから内緒です」 私も聞いてみたいという気持ちもあるけれど、今は少しだけ我慢して、始まったばかりのこの年の終わりに聞いてみたいと思う。 覚えているかはわからないけれど、時間を掛けて真摯にかけた願いをあっさりと忘れてしまう人とは思わないから。 きっとその時には聞かせてもらえると思うから。 そんな私の勝手な考えを言ってみると、目の前の人はふっと目を細めて優しく笑う。 「そうだな。その時にはきっと教えてあげられるだろう」 「いいんですか?そんな簡単に約束してしまって」 「ああ、一年間絶やさず努力できるように。私がしたのはそんな願掛けなんだ。願い事自体は自分で叶えるものだから」 真面目な人だと思う。 これまでの人生で挫折を覚えても決して理想を失わなかったその心は、対等と言うにはきっと色々なことが足りない、 彼からみたらきっと子供まだのままの私には眩しくて。 「きっと叶うといいですよね」 本当はもっと願いたかったことがあったから。 その分の心を、なにを願ったのか知らないままに大切な人の為に使う。 賽銭箱を離れればはぐれる心配もないのに、 自分の手を合わせる時以外はずっと繋いでいてくれる手が、私の手をすっぽり覆っている。 それが大きくて、暖かくて…。 「そうだな。君の願いも叶うといい」 手を伝ってじんと響く静かな声が聞こえる場所にいられることが嬉しくて、はい、と素直な感情のままに答えた。 息が今までよりもっと白くなって、自分でもびっくりしてしまうくらい胸の中が熱くなっているのがわかる。 「あれを一緒にひきませんか?」 感激したまま上手に話題を探せずにいた私は、忙しそうな巫女さん達の脇に木の入れ物と見つけて指を指した。 朱の筆文字でおみくじと書かれたそれをからからと振って、出てきた番号の紙と引き替えてもらう。 「大吉、とは?」 「え、大吉?本当ですか?」 意味がわからないでいる彼の手の中を覗けば確かにそう書かれていて、そこには幸先の良い言葉がいくつも並んでいた。 「願い事が叶う、か。なによりだな」 嬉しげに笑うその顔につられて私も笑う。私がひいたもう一つのくじには『小吉』と書かれていた。 「ほどほどみたいです」 「そうだな」 「でもよかった…私もこれがなによりです」 「ほう?」 小さな吉と言いつつも注意を促す文が多い小吉のおみくじ。 そこに私の一番の望みが書かれていたから。 「ここに…」 私が示した場所を見て、彼が微笑む。 「なるほど。確かに私達にはなによりだ」 「はい、本当に」 重なっている手は、今も変わらず暖かい。 私の初めての恋は、今年一年小さなおみくじの御利益つき。 だから、きっと大丈夫。 『どうかこれからもずっと一緒にいられますように』 神様のいる神殿にはまっすぐ向き合って言えなかったけれど、ここはまだ境内だから、 外には出ていないからまだきっと大丈夫。 おみくじに書かれていたことを願いに変えて胸の中で唱えて、 一番大切な人と繋ぎ合わせた手で二人で一緒に願を掛ければ、きっと…。 作・セフィ様 |
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