Aqua Lovers |
女性を美しいものと感じる。 今までも分かっていたその事実を特に意識するようになったのは彼女に出会ってしばらくの時が流れてからだ。 レイドは重力も曖昧な感覚の中で思った。ゆらゆらと太陽が揺れている。 清浄な水の中で肺の中の空気を少しずつ消費しながら、まだ大丈夫だと湖底に沈み続けている。 美しいものを愛でたいと感じるのは当然のこと、とはいえ欲望のままにそうしていい筈もない。 こうして頭を冷やしてる間、アヤを一人にしている罪悪感が心に凝った。 『私が望んだものをきちんと呼び出せたら、お願いを聞いてくれますか?』 可愛い恋人のおねだりにレイドは頷いた。彼女が自分に必要以上の無理を強いることがないと知っていた。 たまの我が儘を聞いてやれる器量くらいは身につけていたかった。 しかし器物召喚は自分の意志で自由に行うことはとても難しい。 そうカシスに聞いていたレイドは正直成功するとは思っていなかった。 彼女が誓約者だということをすっかり失念していた彼の予想を裏切り、 アヤは最初の召喚で見事望みのものを引き当ててみせた。 心頭滅却、火もまた涼しくしてみせようと努力するレイドの頭上を影が横切る。 歪んだ太陽を背負って人魚が下りて来た。白い尾びれを水に溶かして優美な線を描く腕をレイドに伸ばす。 指先がレイドの肩に触れ、水の中で楽しげに微笑むアヤの足が柔らかな苔の上に下りた。 泳がないんですか? 喋ることが出来ればそう言っているだろう、くるりとした目で無邪気に問いかける彼女。 白い身体に白い水着。同じ表現をする色が境目をぼかして馴染み合う。 散って広がっていた髪が水の流れの中で彼女に沿った。 見とれたレイドが大きな泡を零す。 口の中を水が満たし呼吸が止まる。 ごぼ、と不細工な音を立てたレイドが地を蹴り水面に浮上した。 「大丈夫ですか!?」 続いて上がってきたアヤが咳き込むレイドの背中をさする。 肩から胸にかけての柔らかなラインが視界に飛び込み、冷やしたはずの頭に血が上る。 ガレフの森は葉を茂らせ透かした陽光は穏やかだった。 「・・・すまない」 最初はアルク川に行く約束だったのだ。 それを聞きつけ手をあげた仲間達を何とか苦心して断った理由は一つ。 アヤが望んで呼び出したものが、白いパレオの付いた水着だったから。 「いえ、それより水を飲みませんでしたか?」 「その事じゃない」 「・・・嬉しかったですよ」 アヤはレイドを取った。 仲間達にごめんなさいと謝って、行きましょう、と頬を染めて。 その事を謝っているのだと見当がついた。 「二人だけになりたいって、思ってくれたんでしょう?」 普段はなかなかそんな事は言ってもらえないから。子供の自分が困らせてしまってばかりいるから、 「嬉しかったんです」 不安定な立ち泳ぎのまま体を寄せレイドの背中を優しく撫でる。 二人だけに。それも間違いではない。ないが・・・。 今更仲間達が邪な意志を持ってアヤを見るはずがないとわかっている。 それでも手に持った衣装を身につけた彼女を見せたくないと望んだ心の狭さに嫌気がさす。 彼女を目に映す男全てに嫉妬しているなんて知ってもアヤは、嬉しい、と言ってくれるだろうか? 「馬鹿ですまない」 余裕が欲しかった。彼女が認識しているレイドという男程に大人ではない自分を知っている。 だから、彼女を縛らずに愛せる『大人』になりたい。 今、蹴る為の水ではなく足を着ける地面があったらもう少し落ち着いた思考が出来ただろうか。 せめて着せかける為の上着があれば。 「馬鹿でも、いいです」 彼女の言葉はとても意外だった。だからレイドは抱きしめた。 今の自分でいいのだとそう言われた気がして、強く抱きしめていた。 「いいんです。あなただから」 作・セフィ様 |
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