初恋






少しずつ近づいてくる足音に耳を澄ましていた。

白く白く染まった大地はさくさくと小気味良く音を立てる。

もうすぐその声を聞けることが予想出来て、少し背中を緊張させた。


「レイドさん」


「アヤ」


吐き出す息は白い。

初めて気が付いたようなそぶりで振り返って手を振るとアヤが嬉しそうな顔をした。


「積もったな」


「ええ、レイドさん手は冷えてないですか?」


「少しだけだよ」


ほら、と差し出した手はポケットの中に入れていたせいかそれほど冷えてはいなかったが

アヤはその手に触れてくる。


「温かくしないと駄目だと言ったのはレイドさんですよ」


はぁと息を吐き出し暖める。

本当に冷えてはいなかったんだが。

あるいは口実なのかもしれない。

ふとよぎった考えを話したら君は笑うだろうか?

寒さで頬を赤くしたアヤを見ていたらふいに懐かしい人が脳裏に浮かんだ。


その人と出会って初めて発露した感情に戸惑い、

自分も同じように見てもらいたくて、滑稽なほど毎日が楽しくて。

我ながら青かったと思う。

それから後恋をしなかった訳ではないが、こんな想いに駆られることなどついぞなかった。


「不思議なものだな」


今頃思い出すなんて。


「え?」


彼女の姿を見て、会話を交わし、夢で会うことを願いながら眠りにつく。

あの頃と同じことをまた思うなんて。

今日も明日も明後日も、

ずっとその人と続いていく日常を。

アヤはどうなんだろう、と思ったが過去を探るという行為はあまりにも野暮で浮かんだ苦笑いで誤魔化した。


「そろそろ君の方が冷えてきそうだな」


十分に暖められた手を握るアヤごと引き寄せる。

コートの中に引きこんだ身体はやはり冷たかった。

もぞもぞと居場所を探すアヤは小さく、すっぽりと包まれてしまって二人抱き合わせるような恰好になった。


「あったかいですね」


コートとアヤの髪は同じ色をしているから

今の私達を誰かが見つけても彼女がいることに気付く可能性は少ない。

見上げてくる笑顔は今だけは私のもの。

そんな馬鹿な考えは悪くない心地をもたらしてくれる。


「そうだな」


二人分の体温は狭い世界をどこまでも暖めてくれている。
今彼女に触れれば。

その唇に重ねれば。

彼女が手にはいる。

それは抗いがたい欲求。

でもしようとは思わない。

この心地よい空間を維持したくて、今だけはなにも変えたくなくて。

青いな、と思う。

あの頃のように。


「レイドさん?」


じっと見詰めているとアヤの顔が不安そうな顔をする。

なにも答えず身体を少しだけ曲げる。

額が額に触れてこつりと鳴った。

腕に力を込めるとアヤの身体は抗うことなく寄せられた。


「おかしなものだな」


ずっと忘れていたのに。

焦れたようにアヤの手が首に回って、頼りない力に私は簡単に引き寄せられた。


「わたしにも教えて下さい」


膨らんだ頬はいかにも愛らしくて。

もしかしたらやり直しているのかもしれない。

そんな事が浮かぶ。

最初からはじめるために。最後まで離さないために。

淡く甘い初恋を。





作・セフィ様




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