願い雪






「足下に気を付けて」


先に昇ったレイドが手を差し伸べる。


「ありがとうございます」


ここに来るたびに律儀に繰り返されるやりとりにアヤがくすりと笑う。

危なげない足取りで屋根の上を歩いていつもの定位置へ辿り着いたアヤが

座ろうと屈んだ視界の中に降りてきた白いふわふわとしたものを見つけて手を伸ばす。


「・・・雪?」


綿毛のようなそれはアヤの手に触れるとじわりとと溶けて消えた。


「降ってきたか。・・・アヤ」


中に戻ろうと言おうとしたレイドが腰を下ろしてしまったアヤの名を呼ぶ。

しかしアヤはふるふると首を振って譲らない。


「少しだけお話ししたいです・・・駄目ですか?」


冷たく冷えた空気のせいで思考がおかしくなったのかもしれない。

戻った方がいいというのは分かっている筈なのに、上目遣いに見上げてくるアヤの縋るような目に負けて

レイドは腰を下ろした。

なにしろこうしてここで会話するのも数日ぶりのことなのだ。それも仕方がないかと諦めた。


「流石に寒いですね」


肩を震わせて空を仰ぐアヤ。

レイドは懐から厚手の布でくるまれたなにかを取り出した。


「長くは持たないが、なにもないよりはましだろう」


それはアヤの両手に丁度いいくらいの大きさのもの。


「?・・・あ、あったかいです」


カイロのようでそれよりもずっと人肌に近い温度を保っているそれは、

持ち運ぶには困らない程度の、しかし見かけに寄らず確かな重みを持っていた。


「熱した石を包んであるんだよ」


「石を?」


これくらいなら携帯するには丁度良い大きさかもしれない。

今度自分でも作ってみようと思いながら、アヤはなにか似ているものを知っている気がして

なんだったかしらと考える。

小さくて、あたたかくて、意外にしっかりとした重さをもつもの。それは・・・。

思い当たったアヤが顔を綻ばせた。


「なんだか赤ちゃんみたいですね」


「え・・・」


レイドの心臓がどきりと跳ねる。


「そ、そうか」


思いがけない言葉にレイドの想像力が刺激される。

おくるみに包まれた生まれたばかりの赤ん坊。

その赤ん坊を抱いて母親の笑顔を浮かべるアヤ。

その横には・・・。


「レイドさんは男の子と女の子、どちらが好きですか?」


「え、あ、ああ。私はどちらでも」


子供は嫌いではない。ないが。


「・・・何を考えてるんだ」


アヤはただ思ったことを口にしているだけなのに。

まだ気持ちを通わせてもいないうちから。

自分の馬鹿さ加減に頭を抱え込みたくなって黙り込んだレイドを心配そうにアヤが覗き込んだ。


「・・・レイドさん?」


「何でもないよ」


正直に言えるはずもないので曖昧に微笑んでみせるとほっとしたように笑顔になった。


「そろそろ戻ろうか」


降ってくる雪も増えてタイミングとしては丁度良いかとレイドが切り出す。


「はい」


アヤも今度は素直に頷いた。

屋根に出入りする天窓まで歩いていくアヤの手の中で石はまだほのかに温かい。


「いつか・・・叶いますか?」


先程捕まえた雪は今年最初のひとひら。

それは手にした者の願いを一つだけ叶えてくれるという。

それなら、きっと。


「アヤ」


「・・・はい」


レイドの手に、アヤは少しだけ意識して手を重ねた。

雪にかけた願いが二人のものであるように、

ささやかな祈りを捧げながら。





作・セフィ様




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