手のひらから伝わる 後編






ひんやりしたものが、額に触れる。

ずきずきする頭に、気持ちよく染みていく。

しばらくすると、それが離れた。

ちょっと、残念な気がした。

暖かいものが、代わりに触れる。

混乱する心を、落ち着かせるように優しい。

なんだかとても、安心する−


「まだ、熱が高いな・・・」


耳障りの良い声が近くでして、綾は自分が目を瞑っていたことに気付いた。


暖かいものが、離れる。


(・・・わたし、どうしたんでしょう・・・)


目を開けようとするが、上手くいかない。

手を上げて、目をこする。



「綾?

 大丈夫かい?」


ぼんやり開いた視界の中に、黒い人影。


「れいど、さん?」

「良かった・・・気がついたね」


徐々に全ての輪郭がはっきりしてくる。

自分の居場所も。


「わたし・・・どうして・・・?」


アジトの自分の部屋、自分のベッドの中だった。

さっきまで、ガレフの森で戦闘に参加していたはずなのに。

困惑する綾に、レイドは優しく微笑んだ。


「きみは、暑さに負けて森で倒れたんだよ」

「倒れ・・・?」


聞き返す綾に頷き、


「私たちも、迂闊だった。

 きみような格好じゃ、この暑さでは具合が悪くなるのも当たり前なのに気付かなかった。

 すまないね」


そう、謝った。


「そんな・・・わたしこそ、御迷惑をおかけして申し訳ありません」


慌てて起きあがろうとするが、上半身を起こすと途端に目眩に襲われる。


「寝ていなさい。まだ、熱があるんだよ」


そっと肩を押されて、ぱたりとシーツに倒される。


「でも、皆さん全然平気なのに、わたしだけ休むなんて」


くらくらする頭を押さえながら必死に言う。

レイドは、苦笑した。


「そりゃぁ、私たちは日ごろから鍛えているけれど、きみはただの女の子なんだから」


女の子。

そう言われて、どきりとする。

異世界人なのに、異端でもなんでもなく普通に女の子扱いされたのは初めてじゃないかと、思った。

レイドも、そんな綾の動揺に気付いたのだろうか。

一瞬視線を窓の外にやり、


「・・・それに何より、私たちはこの気候には慣れているから、多少暑苦しい格好でも気にならないんだろうね」


フォローのように、付け足した。

確かに、リィンバウム(というよりサイジェント)の夏初体験な綾には、

お世辞にも気持ちのいい天気ばかりとは言い切れない。


「次に暑い日に出かけるようなときは、リプレに頼んで服なり帽子なり、

整えてもらうようにしたほうが良いんじゃないかな」


フラットの家計に迷惑を掛けるのは本意ではないが、こうして倒れて余計な心配をかけるのも、心苦しい。


「・・・そう、ですね」


申し訳なさ一杯で、綾は小さく頷くことしかできない。

泣きそうになっていると、レイドが枕元に手を伸ばした。


「・・・すまない。

 具合が悪いというのに、あまり面倒な話は聞きたくなかっただろうね」


かしゃり、と涼しい音がした。

洗面器と水と氷、それに浸されたタオル。


「・・・もしかして、ずっとレイドさんが看ていてくださったんですか?」


レイドは答えない。

代わりに、その手を綾の額にそっと当てた。


あれ、と綾は思う。

さっき、気が付く一瞬前に感じていたのと同じような気が、した。


暖かな何か。

安心させてくれるように、触れていたもの。


「・・・もう少し、冷やしておいたほうが良さそうだね」


そうして離れる、手。


「レイドさん」

「なんだい?」

「タオルじゃなくて、レイドさんの手じゃ、いけませんか?」

「え・・・?」


洗面器に入れたレイドの手がぴくりと動いた拍子に、水滴が綾にかかった。


「きゃ」

「あぁ!すまない綾!!」


慌ててタオルを絞るレイド。


「あ、大丈夫です。冷たくて気持ちいいですから」


笑って答えると、レイドは一瞬動きを止め、それから苦笑を浮かべた。


「全く、病気のときくらい気を遣うのはやめなさい」


絞ったタオルで手を拭き、先ほどと同じように綾の額に乗せてくれた。

氷水に浸していたタオルで拭いた所為もあって、ひんやりしている。

それが、だんだん暖かさを帯びる。


温もりを感じたくて、綾は目を瞑った。


「やはり、タオルのほうが良いんじゃないのかい?」

「いえ、気持ちいいですよ。ほんとに・・・」


手の冷たいひとは、気持ちが暖かいというけれど、それって本当かもしれない。

そんなことを、ふと思った。

軽く前髪を梳く、指先も。

額に触れる大きな手のひらも。

剣を持って戦うひととは思えないほど、優しく感じられて。

けれど、痛む頭では考え事をするのは難しくて、代わりに訪れるのは優しさによってもたらされるまどろみ。


「・・・レイドさん」

「なんだい?」

「あの・・・眠るまで、居てもらえませんか・・・?」


眠りに落ちそうになりながら、呟く我が侭。


「あぁ。傍にいるよ」


けれど、不快感など全くない様子で耳に届く、優しい答え。

頭は痛かったけれど、綾はその静かな時間に確かな幸福感を覚えていた。




作・風矢玲紀様




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