spring field





「わぁ〜!シロツメクサです、レイドさんっ」


綾が上げる歓声に、レイドは目を細める。


「・・・そんなに喜んでもらえるとは、思わなかったな」


たまたま散歩に出た先に、咲き乱れていた小さな白い花。

レイドには名前も判らないそれらに、綾は大喜びしていた。


「日本にもあったお花なんです!似てるだけかもしれないですけど、だから嬉しくなってしまいますね」

「それは良かったね」

「はい♪」


しかし。

故郷を懐かしく思い出したのだろう。

ひとしきりはしゃぐと、彼女はその小さな花園の中に立ちつくす。


「アヤ・・・?」


声を掛けると、背中を向けていた綾は、手の甲を顔に持っていった。


「アヤ」


ぐいと拭い、振り返る。

明らかに、涙を拭いた顔。


「・・・ごめんなさい、大丈夫です」


言われても、泣いたのが判っているから何か慰めたくなる。


「大丈夫、ですよ」

「・・・あぁ」


しかし繰り返して言われると、こちらが“かわいそうだ”という顔をしているのが逆にすまなくなった。

強く在ろうとしているなら、そのまま受け止めてやらなければ。

無理矢理哀れもうとするのは、ただの自己満足だと思うから。


「・・・レイドさん、花冠の作り方は知ってますか!?」


しんみりしてしまった空気を破ろうとするかのように、突然綾は明るい笑顔を作った。


「花冠?」

「はい!小さい頃よく作ったんです」


そう言って、しゃがみこんで、白い花を摘み始める。


「ははは・・・ 私は女の子じゃないから、そういうのには縁が無いよ」

「あ、そ、それもそうですね。 ごめんなさい」


謝りながらも、綾は摘むのをやめない。

4本摘んで、3本を花が並ぶようにまとめ、1本でくるりと束ねる。

それから先は、1本ずつくるくる巻きつけていく。

繰り返す。

何度も、何度も。

小さい頃と言いながらも手際よく編んでいく綾の手元を、レイドは優しく見守った。


「器用だね」

「そんなことはないですよ。多分、女の子なら皆、一回は作ったことがあると思いますから。簡単だから、手が覚えてるんです」

「・・・帰ったら、フィズやラミに教えてやってくれないかな? きっと、喜ぶ」

「そうですね。そうします。きっと」


眺めていると、レイドにも要領が判ってきた。

なるべく茎を長めに摘んで、スカートの上に落としてやると、驚いたような笑顔。


「ありがとうございます」


笑ってくれるのが嬉しいから、柄でもないと思いながら花を摘んだ。


やがて。


「できました〜♪」


そう言って綾が高々と掲げたそれは、確かに冠の形をしていた。


「女の子は、凄いな。こういうものを作ってしまえるのか」

「短めにして、ブレスレットを作ったりもするんですよ。他の花でもできますし・・・ 春だけのお楽しみ、ですけどv」


得意そうに笑う綾。

普段は引っ込み思案な彼女には珍しい。

「こんなことが出来るなんて、思わなかったな。うん。すごい」


更に褒めると、綾はぽ、っと頬を染めた。


「じゃぁ、これはレイドさんにあげます!」


そう言って、草原に腰を下ろしていたレイドに飛びつくように、作ったそれを被せる。


「わ、あ、アヤっ!?」


ほんのりと漂う花の香り。


「い、いいよそんな。きみが自分で・・・」


予想外の言動に、驚いて断ろうとするが、綾は譲らなかった。


「私は小さい頃何回も被りましたもの。せっかくですから、レイドさんに。ふふ、お似合いですv」

「・・・」


にこにこして言われると、気恥ずかしさが消えていくのが不思議だった。


・・・今、この草原には自分たちしかいないわけだし。

仮に誰かが来たとしても、彼女が楽しそうに笑っているなら、多少の恥くらいかいてもいいし。


「・・・そうだ」

「はい?」


ふと思いつき、レイドは手近な花を1本摘んだ。


「アヤ、手を出してごらん」

「は、はい」


不器用でも、花の遊びなんて知らない自分でも、このくらいなら思いつけた。

差し出された右手の指に、摘み取ったそれを結びつける。


「お礼だよ」


花飾りの小さな指輪。

単に結んだだけのそれだけでも、綾は嬉しそうにレイドを見上げた。


「うれしいです、レイドさん」


にっこりと笑う。


「・・・」

「・・・レイドさん?」


唐突に、いつか同じ景色を見たいと思った。


降り注ぐ光の中で、彼女の指に。

いつか本物の宝石を。あるいは金色を。

填める、その瞬間を見られたなら、と。


「・・・けっこんしき、みたいですね」

「ぇ?」

「・・・は!いいいえ、あの、その、お嫁さんごっことかで、小さい頃、やっぱりこういうふうに、はい!遊んだことが!」


言い訳のように慌てて言葉を並べる綾に、レイドは笑いかけた。

・・・いつか、本当にそうなれば。


「じゃぁ、左手だね」

「はい?」

「結婚指輪なら、左手だろう?」


綾の目が大きく見開かれた。


「・・・おかしいことを、言ったかな?」


聞き返すと、ぶぶんと首を振る。

それから、そっと、反対の手を差し出した。

恥ずかしそうに。

レイドは、静かに綾の手を取る。

花を、その薬指に。



そこはただの春の草原だったけれど。

確かに、その瞬間。

光は2人に降り注いでいた。




作・風矢玲紀様




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