夢の続き |
手が触れた感覚に目を覚ますと、部屋はぼんやり明るかった。 白んだ空はまだ早い朝の始まりを告げていて、アヤは持ち上げた頭を戻した。 ぽふんと枕が弾む。瞼がまだ重い。 「まだ、大丈夫…」 ふぁと小さく欠伸が漏れた。 夏の夜明けは早い。 リインバウムの夏は昼間の気温は上がるものの、日本ほど湿気がない。 身体が楽なのがありがたいが、その分朝晩の気温は低い。 とろとろと落ちてくる眠気のままに暖を求めて身体を寄せたアヤの髪を、武骨な指が梳いた。 絡まることなく動いた腕はそのまま腰の辺りで落ち着いた。 肌と肌が触れるのが気持ちいい。 起こしてしまったかもとすぐ近くにある顔をのぞき込むと、まだ開いたばかりの眠そうな瞳が穏やかに笑んでアヤを見ていた。 「おはよう」 「おはようございます」 同じ枕を使っている至近距離の視線はいつだって心臓に悪い。 日本人のものと違う、暗く深い色彩の瞳。 逸らされないままに目が離せなくて見つめていると、レイドは被さるように上体だけを起こし、アヤの瞼にキスを落とす。 ちゅっと小さく響いたリップ音が可愛くて、思わずアヤの顔が微笑った。 体を戻したレイドは更に距離を縮めて、アヤを抱きしめた。 すっぽりと収まったことに安心して、心地よくて、どちらともなくくすくすと密やかで楽しげな声が漏れる。 部屋の外から、ぱたぱたと軽い足音が聞こえた。 「リプレさんですね」 「ああ、早起きだからな、彼女は」 どちらかの部屋に泊まった日の朝は、いつもより早く起きて自分の部屋に戻る。 子供達の教育に悪いということもあるし、単純に恥ずかしいからということもある。 レイドとエドスの部屋の間に一本通路があればまだいいのだが、 そこに人の歩ける床はなく、互いの部屋を行き来するにはどうしても広間の前を通らなければならない。 そうすれば、自然と人の目に触れる。 「もう戻らないと」 「そうだな」 「着替えをして部屋を出て、リプレさんのお手伝いをしないと」 「ああ」 彼女の服の露出が少なくてよかったと思う。誰にも見られることがないから。 細身な身体に点々と浮かび、揺れるふくよかな胸元に特に散らした赤い痕が、白い肌に鮮やかに咲いている。 その花の一つにもう一度唇で触れて、強くアヤを抱きしめた。 「…苦しいです、レイドさん」 「すまない」 本当は帰したくない。こんな時、いつもそう思っていると伝えたら、君はどんな顔をするのか…。 恥ずかしそうにベッドの縁に座って下着を身につけているアヤの背中を見ながら、レイドも起きあがる。 ギシッと鳴ったベッドが昨夜の情事を思い出させて切なくなる。 「こんな時、今が冬だったらって思います」 服を手に持つアヤの視線は、まっすぐ窓に向いている。 「明るくなるのが遅いから、今の季節より少しだけ、人が起きてくるのも遅いですよね」 言外にそれだけ一緒にいられる時間も長くなるのだと告げるアヤが愛おしくて、レイドは細い腰に腕を回す。 彼女が寝ていた間にもそうしていたように、自分の腕に囲い込む。 「そうだな、だが早く明るくなるのも悪くはない。その分早く…」 「早く?」 照れから濁した言葉の先を強請られて苦笑する。 その分早く現実の君に会える。 と続けようとしたレイドは、これは相当惚けてるなと呆れつつ、いつも自分の心を浮かれさせてばかりの綾に口づける。 「なんでもない。着替えをしよう」 「…はい」 なんだか素敵なことを言ってもらえそうな気配だったのに、誤魔化された綾の唇が尖る。 だって言えないだろう。 夢の中でまで抱きしめている君に、それでもまだ足りなくて朝少しでも早く顔を見たいと思っているなんて。 いい年をして、我ながら青臭いと思う。でも、それくらい惚れ込んでしまっている。 今も声にしなかった言葉を強請って可愛らしく見上げてくる真っ直ぐな瞳に。 「また機会があったら言うから、見逃してくれ」 「機会っていつですか?」 「さあ、いつかな」 さっぱり言う気配のないのを察して「ずるいです」と珍しくアヤが拗ねる。 ズボンを履き上着を着て、レイドが着替えを終わるのと同じくしてアヤも首元のリボンを結い終えた。 互いに向かい合ってチェックをする。 見える場所に逢瀬を思わせる痕跡はつけないようにしているが、衝動というものがある。 一度無自覚にやらかして、うっかりとそれがなにかわからなかったガゼルに虫さされがあると指摘されて以来、 ここで気づけば恥ずかしい思いはしなくて済むからと続けている。 「今日は道場ですよね?」 「ああ、久しぶりに稽古をつけてやろうと思ってる」 「後で水を絞ったタオルを持っていきますね」 起きた時まだ夜の気配を残していた空は、すっかり明るくなっている。 「頼む。今日も暑くなりそうだからな」 また後でとアヤが部屋を出ていく。 リプレにはいい加減ばれていて申し訳ないが、知らないふりをしてくれるのが有り難い。 だからといって一緒に出ていくのも抵抗があるレイドは、 甘さの残る気持ちを切り替える為に、ふたりで使ったシーツを新しいものに取り替えた。 作・セフィ様 |
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