雨景色






「やみませんね…」


窓から見えない外を眺めていたアヤは溜息をついた。

曇った顔でうつむけば、いつだってその手から離すことのないお気に入りの熊を抱えて自分を見上げるラミの姿が見えた。


「おねえちゃん…あっち、いこ?」


団体生活で沈んだ顔をした者がいれば皆気になるし、

それが小さな子供にとって普段から遊んでくれる優しい人ならこの反応は当然のこと。


「みんな、いるよ?」


アヤは握られた布を解いてその手を握る。

頷く彼女よりずっと小さな手が握り返す力は、見た目より強く、そこに込められている気持ちの程が知れる。


「ラミちゃん、今日のおやつはなんですか?」

「…クッキー。ママがいま、やいてるの」


微笑まれて嬉しそうに微笑み返すラミに連れられて移動した先の広間では、残りの子供達もアヤを見ていた。


「おねえちゃん、つれてきたの」


言うと同時にフィズに褒められたラミが笑う。


「ねーちゃん、雨嫌い?」


直接的な物言いが気持ちよくて、その好意が嬉しくて、首を振る。

「嫌いじゃないですよ」と。

ただ今日なのが残念なだけ。

嘘はついていないのに、それに対して頬を膨らまし、「でも元気ないしさぁ」と舌っ足らずな彼が悔しそうに言うのは、

アヤの元気がない原因にレイドがいることを知っているから。





『一緒に出かけないか?』


そんな言葉をもらったのが三日前。近く休みを取れそうだから、と言った彼にアヤは頷いた。


『お天気ならお弁当を持って出てもいいですね』 


最近お忙しかったですし、前にもそうしたように柔らかい草の上に座ってみんなで楽しく過ごせたら息抜きにも…

そう続けたアヤにレイドが複雑そうな、少し困った顔をする。


『どうしたんですか?』

『今回は…出来ればみんなではない方がいいんだが…』

その後にもいくつかのやり取りを経て、その間レイドはばつが悪そうな表情と共に微妙に声も硬くて、

その理由を理解すると共にアヤの顔は赤い色に染まっていった。


『…す……すみません、わたし…すぐにわからなくて…』

『いや、私ももっとわかりやすく言えばよかった。すまない』


ごほっと咳払いをした後に、イリアスにお勧めだという店を教えてもらったからと。

小さな店だが落ち着けるいいところだと聞いたらしいレイドは、そこにアヤを誘った。

お弁当でもみんなでピクニックでもなく、その日の昼間はふたりきりで過ごそうと。


『つまり、デート…ですよね…?』

『そうだな。そういうことになる』


熱を持った頬に手を当てて自らの鈍感さにますます恥じ入るアヤに

『それだけ君もここでの生活に慣れたということだから』とフォローを入れるも、

手を握り、握り返されることと頷きの両方で了承の返事をもらって、レイドも楽しみにしていた。





「やまないな」


小雨程度なら傘をさして出ればいいが、大雨と呼ぶに相応しいこの様子では、

店に着く頃には間違いなくふたりともずぶ濡れになる。

わかりきった結果で風邪をひくのも馬鹿馬鹿しい。

外出はまた今度にしようと、肩を落としつつも決めた。

それでも夕方までにあがってくれれば、気晴らしの散歩くらいは出来るかもしれない。

そう思って見てるのに窓ガラスを打ちつけ濡らすばかりで、

空は地上で願う人の気持ちなど関係ないとばかりに雨を降らせ続けている。


「せっかく仕事を詰めて日を空けたのにな…」


アヤも同じように窓を覗いていた。

ラミに引かれて振り返った先でレイドと目が合い、お互い同じタイミングで苦笑した。

顔に出ていたのが嬉しかった。

それならまた誘えるから。

彼女も同じ気持ちでいてくれたのだとわかるから。


「残念だったわね」


急な時は仕方ないが、食事がいらない場合は事前に彼女に伝えるようにしている。

だから今日の予定も知っていた。


「今度はきっと晴れるわ」


そういってくれるリプレに頷く、その手にお皿を渡された。


「じゃあこれをお願い、熱いから気をつけて」


男の人はただでさえ身体が大きいんだから、こんなとこでぼーっとしちゃ駄目よ。

暗に邪魔だと一言加えて注意を促して台所に引き返していく彼女は逞しく、同時に側にいきやすい口実を作ってくれたのだとわかった。

テーブルに置くとすぐに覗き込まれる。

ずっと建物中に満たしていたふわりと甘い焼き菓子の香りは、外に出れずに退屈していた子供達のなによりの楽しみ。

リプレお手製のチョコチップクッキー。

それを一枚取りあげ、アヤに手渡す。


「ありがとうございます」


その笑顔に気持ちが晴れる。

また頑張るか、と思える。

きっと明日自分の机には書類が山積みなのだろう。

それを片付け再び休暇を申請する理由を、ラムダにからかわれても、イリアスに励まされるのが照れくさくても、まあいいじゃないかと。


「リプレはなにを作っても上手だな」

「はい…私も頑張らないといけないですね」


同じ女の子ですし…。

恥ずかしそうに言うアヤの隣でレイドが苦笑する。

その腕前は確かにすごく上手とは言えない反面それほどひどいわけでもなく、

テーブルに置かれたことのあるアヤの料理を彼も何度かご相伴にも預かっている。

自信を持てない理由は不慣れなこともあるだろうと思っているレイドは、

「大丈夫だ、努力を忘れなければ」と慰めを口にする。


「明日晴れたら、お昼をご一緒してもいいですか?」

「ん?作ってきてくれるのか?」

「はい。午前中時間をもらえれば、私にも出来ると思うので持って行きます」


早速実践しようとするアヤに頷く。


「ありがとう、アヤ」


外が暗くても、少し気持ちが沈んでも、大切な人が傍らにいるのならきっとそれも悪くない。

それは揃って同じことを感じた…初夏の雨の日のこと。




作・セフィ様




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