Fly me to the moon






晴れて欲しい日に雨が降る。


「やっぱり日頃の行いのせいなのでしょうか…?」


しゅんと項垂れるアヤは朝から窓に張り付いては空を見上げていた。

こんな日は太陽が出た日と比べて妙に静けさを感じる。

降り続く雨は決して嫌いではないものの、夜の空に想いの橋が架かるという逸話のある今日だけは晴れて欲しかったのに。

しかし落ち込む理由はそれだけではない。


「せっかくレイドさんと過ごす七夕なのに…」


リィンバウムでも似たようなことはしたことはある。

けれどそれはフラットの仲間達と一緒にで、まだ自分の気持ちもはっきりとはしていなくて、もちろん恋人にもなっていなかった頃の話。

ふぅと溜め息をついて、アヤは硬質な硝子にこつんとおでこをつけた。

不可能であるはずの道行きを本人の努力と仲間の協力の下に可能に変えて、レイドはアヤを追って日本に来た。

爆発音と共に、二度と見ることのない彼の姿を見た時の驚きと喜びは、今も忘れることなくはっきりと思い出せる。

だからこそあやかりたかった。

一年にたった一度、待ち侘びた約束を叶えて空で逢瀬を重ねる一組の恋人達に。

自分の想い人は、酷く硬くて真面目な人だから。


「そんな所も、もちろん好きなんですけど」


進展が緩やかなのはアヤのことを考えてくれているからだと知っている。

手を伸ばせば、そっと握って抱きしめてくれる。望むとおりに大きな体で包み込んでくれる。

彼の穏やかな体温が好きで、大好きで、

いつかという約束と共に一緒にいられる未来を夢見ていられる今は泣きたくなるくらい幸せだから、

今くらいでちょうどいいのかもしれない。

夜は一緒に過ごす約束をしているから、このまま晴れなくても、部屋を訪ねれば反故にされることはないと知っているのに。


「最近欲張りすぎていたのかもしれないですね」


与えられる以上のものを欲しがる自分が小さな子供のように思えて、少し恥ずかしくなる。

思い浮かべるだけで熱を持つ頬に手を当てて、レイドのことを考える。

でも、大切な人に自分もなにかをあげたいから、そうと知っていても背伸びをする。

胸の中で少しずつ育っていくこの気持ちが、ほんの少しでも届くように。


「アヤ、こんなところにずっといたら風邪をひく」


低い、落ち着いた呼びかけに振り返る。

耳障りの良い声を発したその人は、大丈夫と笑うアヤの肩に手に持っていたカーディガンをかけてくれた。

暖かい。

布に移した体温はアヤの心までも暖めて、願ったとおり、ずっと、いつも傍にいてくれる。


「空を見てたんです。晴れるように祈ってみても、ずっとこんな感じで変わらないですけど」

「ああ。残念だがやみそうにないな」


やめば満天の星の下、二人で一緒に外を歩けたのに。

言葉にはしなくても想いは同じ。

そっと身を寄せたアヤの背中を大きな手が撫でる。


「もう、やまなくても、いいです」


耳をつけた厚い胸の奥で心臓の音が鳴っている。

ここで生きていると主張して、一定のリズムを刻んでいる。

しとしとと耳を打つ雨の音と相まって、それはこれ以上にない、幸せの音に聞こえた。



雨が降っても厚い雲の上には月が輝く。

例え空を飛べなくとも、大切な人を想うだけで心はふわふわと浮き上がり、遠い月まで飛んでいく。 

大好きなあなたがいてくれるなら、きっと、どこまでも…。




作・セフィ様




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